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更新日:2011年3月24日

名誉市民

本市は、市民または市に縁故の深い者で公共の福祉増進、産業文化の進展、または本市に貢献してその事績卓絶し、郷土の誇りとして市民から尊敬に値するとされる者に対して条例(条例第11号、昭和42年3月31日)の定めるところにより名誉市民の称号を贈り、その功績は市の広報で公示し、顕彰しております。
昭和42年度2名、昭和43年度1名、計3名が名誉市民に推挙されております。

故 御木本幸吉氏(昭和42年10月7日推挙)
氏は1888年頃から真珠貝の養殖を始め幾多の失敗の末、1893年7月当時の鳥羽の相島(現在の真珠島)で半円真珠をつくり出しました。
その後1896年世界最初の養殖場を田徳島(多徳島)に開き、真円真珠の養殖に努力、研究がなされ、ついに1905年に真円真珠の養殖に成功しました。氏は一筋に真珠養殖に一生を捧げ、真珠を通じて世界に日本を紹介し、また鳥羽市にある真珠島を中心に伊勢志摩の観光と産業の開発に貢献されました。そしてその業績をたたえられ勲四等を授与され、後にも氏の生前の功績に対して特に勲一等を授与されました。

故 中村幸吉氏(昭和43年2月24日推挙)
氏は鳥羽町会議員に当選したのが地方政界入りのはじまりで、昭和13年には三重県議会議員に当選し、二期にわたり県政のために活躍し、戦後は志摩度会海区漁業調整委員として沿海漁業の発展につとめ、昭和29年11月、市制施行と同時にその初代市長に就任しました。以来、3期12年、立市の生みの苦しみから成長の試練を越えて、きょうの不動たる鳥羽市の基礎を築き上げました。その間、離島の文化向上に、交通の発展に、漁港整備に、また観光開発のための諸施設等と功績も大きく、鳥羽市にとって生みの親、育ての親ともいうべき人です。
昭和39年に紺綬褒章、41年に勲四等瑞宝章を授与されました。

故 小田嶋修三氏(昭和43年10月7日推挙)
氏は明治20年10月23日生まれ、岩手県出身で大正6年鈴木商店に入社し鳥羽に赴任。同商店鳥羽造船所電気部を創立し、電動機の製造を開始した。戦時中は神戸製鋼所の常務取締役、昭和25年に顧問役となりました。この間、特許13、実用新案41の発明を行ない、昭和38年1月には鳥羽商工会議所初代会頭に就任、昭和39年には鳥羽ロータリークラブ設立に努め、会長を2期務めるなど鳥羽市の商工業の発展に大いにつくされ、その功績をたたえ、昭和43年度名誉市民称号が贈られました。昭和27年藍綬褒章、昭和40年には勲四等旭日小綬章を授与されております。 

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