くらしの情報 > 市政情報 > 離島振興 > 鳥羽の離島へようこそ > 答志島
ここから本文です。
更新日:2012年5月2日


答志島は、鳥羽港の北東約2.5kmに位置する鳥羽市最大の島であり、答志(とうし)、答志和具(とうしわぐ)、桃取(ももとり)の3集落があります。地形は、総面積6.98k㎡、周囲26.3kmで、島の80%が自然林で占められており、桃取町の奈佐には、市の木であるヤマトタチバナの原木が生えており、県の天然記念物にも指定されています。また、周囲には飛島、浮島、牛島、大中山島、大築海島、小築海島等の無人島を配しています。
産業面は、漁業と観光の調和のとれた地域振興を目指しており、地元の良さを活かした地域ビジネスの展開に向け、取り組んでいます。
交通体系については、市営定期船が佐田浜港から答志、和具行きと桃取行きの2区間に分かれてそれぞれ1日8~10便運航しています。また、本土との架橋建設を実現させるため、3町合同で「答志島架橋建設促進協議会」が設立され、その必要性及び方策について検討を進めています。
答志島の概要 ABOUT THIS ISLAND
面積・・・6.98k平方メートル
周囲・・・26.3km
世帯数・・・769世帯
人口・・・2,578人(男1,200人、女1,378人)
1.答志地区・・・343世帯 1,295人(男597人、女698人)
宿泊施設・・・旅館、民宿など7軒(収容能力327人)
2.和具地区・・・168世帯 524人(男249人、女275人)
宿泊施設・・・旅館、民宿など16軒(収容能力882人)
3.桃取地区・・・258世帯 759人(男354人、女405人)
宿泊施設・・・旅館、民宿など3軒(収容能力 180人)(平成23年3月末)
観光客数・・・166,800人(平成21年3月~平成22年2月)
観光スポット・・・九鬼嘉隆の首塚及び胴塚、タイ網観光、海水浴、答志スカイラインからの展望
鳥羽市の離島の中でいちばん大きな島であり、関ヶ原の戦に敗れ自刃した、鳥羽城主・九鬼嘉隆の首塚・胴塚などの史跡や漁港でのワカメ等の作業風景などを回るウォーキングツアーが人気です。


ありのままの島の路地裏散策や、古くから根づく海女たちによる海女小屋体験、無人島での自然水族館などのエコツアーが人気です。
夏場はサンシャインビーチのほか、大間の浜海水浴場、サンビーチ桃取といった海水浴場を有しており、のんびりと島の海を満喫していただくことができます。
美多羅志神社では、近年、竜にそっくりなシイの木が出現し、地元の人たちは竜神さんと崇め、見物に来る観光客も増えています。

なんといっても漁業が盛んで、島の宿泊施設や飲食店では、新鮮な島の魚介類を味わうことが出来ます。
島の体験ツアー実施主体 島の旅社(外部サイトへリンク) 鳥羽市歴史文化ガイドボランティアセンター 海島遊民くらぶ(外部サイトへリンク)
三太郎さん(1月)(桃取地区)
竜神まつりとも言い、海の神に供え物をし一年の豊漁と安全を祈願します。
八幡祭り(旧1月17日~19日)(答志地区)

答志島、八幡神社の祭礼である「神祭」は毎年旧暦の1月17 日~19 日に行われます。弓引神事は、祭の中で最も盛り上がる迫力満点の行事です。「お的衆」と呼ばれる若者たちが、畳一枚半ほどの「お的」(木組みに紙を張って墨を塗ったもの)を担いで坂を駆け上がると、待ちかねた町民が次々とお的に飛び込み墨紙を奪い合います。人々は護符にかわるこの墨紙で家の戸口や船に「丸に八の字」を書いて、1年の大漁と家内安全を祈願します。弓引神事の後、舞台では獅子舞が始まります。町民一丸となって祝う勇壮な祭りは、島の若者たちによって今も受け継がれています。(国土交通省の島の宝100景に選定)
おいやれ船(8月末)(桃取地区)
わら船を作り、各戸が人形を作って船に乗せて海に流します。先祖の霊を送るとともに、海上安全・無病息災の祈りを込めた行事です。
戸籍上の兄弟ではない人同士が、終生、兄弟以上の付き合いをする制度。
市の無形民俗文化財。→(鳥羽市のHP広報とば1999年12月1日号特集寝屋子物語)
「万葉集」「山家集」に歌が詠まれているほか、「橋本善七の歌碑」 が美多羅志神社にあります。
その他、海女や寝屋子制度などの答志の生活が詳しく描かれた「森村桂 日本を行く」、九鬼嘉隆の晩年を描いた「巨船」があります。
「伊勢三郎女房の墓所」(答志)
「お天道さんの松」(答志和具)
「弘法大師の誕生」(桃取) など
九鬼嘉隆 Kuki Yoshitaka 1512~1600
織田水軍の将として、歴史上に名をはせた九鬼嘉隆は、海の浮き城とよばれた鳥羽城を築き上げました。現在は、我が国唯一海に向かった大手門の海城跡として知られています。信長とともに戦った嘉隆の歴史上最大の功績は、信長の日本制覇を阻止しようと10年以上も対抗してきた毛利水軍(村上水軍)を日本で初めて鉄張の軍船をつくり撃退したことです。信長の死後も秀吉の命を受けて、朝鮮出兵での指揮を務めるなど、戦国時代の日本の歴史と深く関わってきました。しかし、関ヶ原の戦いで、九鬼家の父と子が西軍・東軍に分かれて戦うことになり、負けた西軍についていた父・嘉隆は、答志島で自刃して果てました。鳥羽には彼にゆかりのある寺として、常安寺があります。子の寺は、子の守隆が父である嘉隆追善のために建てたものとされています。嘉隆の首は「我が首は我が鳥羽城が見える場所に」との遺言とおり鳥羽城を見渡せる丘の上に、胴部はその麓に葬られ首塚、胴塚として答志島和具に残されています。
四季を通じて新鮮な魚介類が味わえます。
タイ、スズキ、サワラ、シラス、ヒラメ、メバル、イワシ、サバ、あなご、イセエビ、アワビ、サザエ、うに、タコ、、牡蠣、のり、ワカメ、アラメなど
マルト食堂(定食・丼物等) TEL0599-37-2058
ロンク食堂(日替わり定食・寿司等) TEL0599-37-2167
まるみつ寿司(寿司・定食等) TEL0599-37-2314
みはま(軽食) TEL0599-37-2195
ニューやま七TEL0599-37-2034
市指定のとばーがー(別ウィンドウで開く)のうち、じゃころっけバーガー(外部サイトへリンク)が食べられます。(要予約)
※宿泊施設でも予約により昼食可能
答志和具地区
| 旅館名 | 電話番号 | 収容人数 |
|---|---|---|
| 宝屋 | 0599-37-2309 | 40人 |
| 濱崎ペンション | 0599-37-2286 | 30人 |
| 中村屋 | 0599-37-2065 | 80人 |
| やま助 | 0599-37-2148 | 40人 |
| 山幸園 | 0599-37-2216 | 28人 |
| 福吉 | 0599-37-2025 | 25人 |
| 八島 | 0599-37-2075 | 40人 |
| ニューやま七 | 0599-37-2034 | 100人 |
| 寿々波 | 0599-37-2001 | 169人 |
| にっこう | 0599-37-2174 | 30人 |
| はしもと | 0599-37-2132 | 35人 |
| 日松館 | 0599-37-2051 | 30人 |
| はまや | 0599-37-2221 | 55人 |
| やまよ | 0599-37-2041 | 40人 |
答志地区
| 旅館名 | 電話番号 | 収容人数 |
|---|---|---|
| 定洋 | 0599-37-2011 | 80人 |
| 喜久屋 | 0599-37-2047 | 30人 |
| 海女乃島荘 | 0599-37-2020 | 80人 |
| 角勢 | 0599-37-2055 | 20人 |
| 富栄 | 0599-37-2036 | 25人 |
| しま | 0599-37-2284 | 22人 |
| 美さき | 0599-37-2141 | 70人 |
| とうし荘 | 0599-37-2133 |
100人 |
桃取地区
| 旅館名 | 電話番号 | 収容人数 |
|---|---|---|
| 松家 | 0599-37-3050 | 66人 |
| あみりき | 0599-37-3322 | 24人 |
| サンビーチ鳥羽 | 0599-37-1100 | 90人 |
鳥羽市の離島や観光情報のパンフレットのダウンロード・請求はこちら(別ウィンドウで開く)へどうぞ。
よくある質問
お問い合わせ