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更新日:2011年3月22日
鳥羽には、見る人をしばし立ち止めてしまうほどの不思議な何かがある。
三島由紀夫が「潮騒」を書こうと決めたのは、この風景の中にある人々の日常や生き方が、その情景と渾然となって強く胸を打ち、共感を与えたのだろう。
現在は多くの観光施設が並び、伊勢志摩国立公園の中心として多くの観光客を迎える街は、かつて海とその風情が織りなすひたすら素朴で純粋な場所であった。この風景の中に暮らす人々は、漁を中心に「美味し国」ならではの、海の暮らしを続けてきたのである。
今、この鳥羽の風景の中にあるものは未だ変わらないその暖かな光である。海は昔と変わらずに優しい光で、そこに訪れる人々を包み込む。太陽が昇り、まるで天使のような無数の光が海に踊りだす。夕暮れを真紅に染め、やがて暗闇の中に街の明かりが銀河を描くまでの24時間絶えずその風景は変貌しながら、新しい感動をリアルタイムで人々の胸に刻みつけていく。
その「風景」が鳥羽の日常である。ひたすら流れゆく時の中で、無限の物語を持つ鳥羽の情景は、それだけで訪れる者の胸を打つ。
いつしか心に描いた海の色は、きっとここにある。人はその風景を探しに、どこまでも遠い旅に出る。

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